2016/11/22 EOSからXへ


EOS 5D mark3 を手に入れた時

「これは何でも撮れる」

と思いました。


更に EF70-200mm F4L IS USM・EF24-70mm F2.8L II USM を手に入れ、

「これでほとんど何もいらない」

と思いました。


事実、あらゆる現場においてこれ以上ない結果を出せます。

カメラはもうEOSでいい これで行こう と決めていました。


大きなカメラに大きなレンズ、重い三脚と大きなストロボに照明機材を抱える事にはなりましたが、それらを携えて現場へ出向く事は、そこまで負担ではありません。

が、それは 責任が伴なう現場 の話であり、即ち 仕事 の話であります。


気付いた時には、仕事以外でEOSを持ち出す事が無くなっていました。持ち出し回数 ゼロ です。


仕事以外で持ち出さないという事は、普段持ち歩かない という事。

以前は常に持ち歩いていて、「カメラはあるからとりあえず撮りましょうか」なノリで撮影し、それが仕事につながった事も多くあった気がしますがそれが無くなりました。


また、「こういうのちょっと撮ってほしい」と頼まれ、大きな機材やら照明を持ち込むと

「ちょっと 仰々しいから・・ もっと簡単に撮ってくれればいいんだけど・・・」

と言われる事も。


メインカメラなのでレンズなどの新製品には興味が湧きます。

が、新しいレンズは20万30万円が当たり前。

極めつけはカメラの新製品、5D mark4が40万円オーバーで登場。


仕事で使うものなので、必要であれば投資しますが、値段分の機能向上は感じられず。


まあ 趣味の延長だしー

と考えようとしても、現実、仕事でしか使いませんので、言い訳や理由をつけて買いたいと思うほど食指も伸びません。


EOSシステムで良い画が撮れるのは知っていても、気持ち 情熱 欲求 みたいな部分が全く動かなくなってしまいました。


そんな中、「FUJIFILMのカメラは写りがいいしレンズもいいし小型軽量だけど、カメラメカが仕事ではちょっと使えない」と思いながらも、とりあえずX-T1を買い替えてX-T2を入手したところ「これは 仕事でも使えそう」と、気持ちが切り替わり。


仕事 で 使える


のではなく、


仕事 でも 使える


という事。


EOSから失われていたのは、いつも持ち歩けて、現場でも使える「性能」です。


まだEOSが必要な現場はありますので、もちろん使い続けます。

が、「メインカメラ」はFUJIFILMに替えました。

2016/09/23 X-T2


まあ実に良く写ります。

操作感も快適。5D2から5D3に変わった時の感覚に近いものがあります。

階調豊かでよく粘るACROSもよろしく。



キットズームでもヌケが良く、センサー・画像処理エンジンの大幅な進歩を感じます。



色再現はX-T1/X100Tに比べて幾分マイルドでニュートラルに。

「ちょっと濃過ぎる」「色が転ぶ」といったクセ(そこが良いところなのですが)が軽減されました。


「写真を撮るための一手間二手間を愉しむ」

というカメラ作りからは離れつつある気もしますが、特に仕事で使う分には極めて良いアップデートだと思います。

そういう 一手間二手間 は、X-PRO2が担っているのでしょうね。

2016/05/13 10年カメラ


10年カメラとはよく言ったもの。

デジカメなのにフィルムのような、どこか柔らかな風合いで撮れるX100T。

高解像・高機能を求めるカメラ機器の性とは一線を画しています。

本体のスタイル、触感や操作を愉しみ、写真を愉しむための道具。

初めて触った時は、んー って引っ掛かるところ コンパクトでない とか、トロい とか がありましたが

新モデルが出たとしても、これはこれで使い続けたいと思わせる魅力があります。

2015/11/09 いつまでも


子供らの世代までは光志の事がわかるし、供養してくれると思うけど、孫の世代になると誰だかわからないので供養してもらえないかも

と思ったので、光志がどんな風に産まれどんな風に生きたかを写真集にまとめる事にしました。

仏壇に置いといて、子供らに「子供が産まれたらこれを見せてね」と伝えていこうかと。


もし

うちが何代も続いて

自分もこの世から去って、

また新たに生を受けた時、

光志の写真集を見ることが出来たとしたら。

自分が誰なのか 奥様とまた会えたのか 光志は生まれ変わったのか

そんな事を思い出し 気付く かも知れません。

もしそうなったら「親を選んで産まれる」事を悟るのかも知れません。


子孫が繁栄し 家が続き いつまでも いのちが続いていきますように。

2015/11/05 二度と無い「今」という瞬間

 


「今」という瞬間は二度と無い。

あっという間に「今」は過ぎ、過去となる。

過ぎ去った「今」は二度と体験できない。

でも、写真は「今」を写し撮る事が出来る。

「今」を過去とせず、永遠にする事が出来る。

2015/10/19 愛するものを撮るべし


写真は思い出を「永遠のもの」にする事ができます。

何気ない日常も、それは2度とない瞬間であり、かけがえのない思い出です。

だから

愛するものを撮る事。

ただひたすら愛するものを撮る事。

自分の愛するものは何か。誰か。

写真機を持っていて、それを考える時間があったら、撮る事に充てるべき と思います。

2015/09/30 XF56mm F1.2 R


ポートレート専用レンズ。

瞳のピン以外は全て柔らかくボケて、女性や子供を撮るのに最適です。

開放でもピント面はビシっとシャープなのでほとんど開放で使っています。


天国へ行ってしまった光志の事、これでたくさん撮っておいて良かったです。

この上なく可愛く愛らしい姿を最高のレンズで撮ることができ、残すことが出来ました。

何千枚も撮った光志の写真はいつでもいつまでも可愛いままです。

時に側にいて、時に遠くから見守っててね 光志 ^_^

2015/09/03 XF35mm f1.4 R


あー仕事やっと終わったー さば味噌つまみに酒飲んで寝たいなー

と、スタンバったところをXF35mmでパシャッと。

EF50mmの方がボケますが、こちらの方が寄れるので、テーブルフォト的なショットがイケます。

他のXFレンズと異なり、開放だとほんの少し甘く、それもまたよろしく。

非常にサイズが小さく軽い点もメリットが大きく、「Xマウントの最初の交換レンズはコレ」と言われる訳です。


夜中にこんな事してるから太るのですが


2015/09/03 XF16mm f1.4 R WR


開放から恐ろしくシャープ。

f1.4という明るさに加え15cmまで寄れるので、広角レンズですが大きくぼかす事も出来ます。

広く撮る・寄って大きく撮る・背景をぼかす・隅々までシャープに撮る、と あらゆる写真表現が可能なレンズ。

スキの無い完璧な仕事をしてくれるニクい奴です。

2015/09/03 XF23mm f1.4 R


線が細く端正で素直で上品な描写。なだらかなぼけ味。ほどよいコントラスト。

「明るい単焦点レンズ」の王道的な表現をするXF23mm f1.4R。

同じ23mmレンズのX100Tと使い分けています。

こちらXF23mmはX100Tほど寄れませんが、1段明るく、よりシャープでクリアに写ります。

対するX100Tは10cmまで寄れて、少しレトロな情緒豊かで柔らかな写りをしてくれるます。


キャラクターが違い過ぎて「どちらが上」とは比べられるものではありません。


どっちがイイ? どっちもイイ


あー ダメだ。